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用語集

鳩摩羅什(くまらじゅう)

後秦の時代に長安にて仏教普及に貢献した訳経僧。最初の三蔵法師。

解説

鳩摩羅什(サンスクリット語ではクマーラジーヴァ)は、かつて中央アジアに存在したオアシス都市国家、亀茲国(現在のウイグル自治区アクス地区クチャ県付近)出身の西域僧です。後秦の時代、長安にて約300巻の仏典を漢訳し、中国での仏教普及に貢献しました。

鳩摩羅什は最初の三蔵法師とされており、鳩摩羅什は玄奘三蔵法師と共に二大訳聖と言われています。また、真諦と不空金剛を加え四大訳経家とも呼ばれます。

略歴

鳩摩羅什はインドの名門貴族出身でカシミール生まれの父と、亀茲国の王族だった母の間に生まれましたが、子供のころ母親と共に出家しました。

その後、当時のインドにおける仏教学問の中心地カシミールに遊学し、様々なことを学びます。しかし故郷の亀茲国が前秦の呂光による西域討伐の内に攻略され、鳩摩羅什は呂光の捕虜となりました。ただ、この時には既に令名を馳せていた鳩摩羅什は、呂光の庇護下に置かれており、立場としても軍師的位置にありました。

しばらくは呂光、呂纂の下で生活をしていた鳩摩羅什ですが、様々な戦を経て前秦は滅び後秦が興ります。この時に熱心な仏教徒だった後秦の第二代皇帝姚興に迎えられて、鳩摩羅什は長安に移転を果たしました。もっとも長安に移った鳩摩羅什は、姚興の意向で女性を受け入れて破戒し、還俗させられます。それ以降、鳩摩羅什はサンスクリット経典の漢訳に従事するようになりました。

なお、鳩摩羅什の最期に関しては、中国の高僧の伝記を集めた高僧伝の中に不思議なエピソードがあります。その記述によると鳩摩羅什は臨終の直前に、自分の訳した経典に誤りがなければ、火葬された際に舌だけ焼け残るだろうと言ったそうです。そして実際に、当時は少数派だった火葬を行ったところ、そのとおり鳩摩羅什の舌だけ焼け残ったという話です。

漢訳した主な経典

鳩摩羅什が漢訳した経典には以下のようなものがあります。

・坐禅三昧経 3巻
・仏説阿弥陀経 1巻
・摩訶般若波羅蜜経 27巻(30巻)
・妙法蓮華経 8巻
・維摩経 3巻
・大智度論 10巻
・中論 4巻

一部の経典においては大胆な創作や意訳の違いが指摘されますが、中国での仏教不況に力を注いだ鳩摩羅什の翻訳が後の仏教界に与えた影響は測り知れないと言われています。

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