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用語集

隠元(いんげん)

日本の黄檗宗の開祖であり煎茶道の開祖といわれている禅僧。

解説

隠元は江戸時代前期の禅僧で、日本の黄檗宗の開祖であり煎茶道の開祖であるといわれている人物です。

隠元は福建省で生まれ、幼い頃から行方不明だった父を捜して21歳の時に旅に出ます。旅先の有名な観音霊場である舟山列島の普陀山によって出家を志すようになります。
そして、29歳の時に福建省黄檗山万福寺にて剃髪し出家しました。嘉興の興善寺、峡石山碧雲寺などで修行を積みます。

費隠通容禅師が黄檗山に住したのを機に、帰山して費隠に参じ、43歳の時に隠の法を継ぎ7年間もの間、黄檗山に住して禅風を世に知らしめました。

その後、隠元は江戸前期の1654年に63歳で来日します。来日後は1660年に将軍である徳川家綱から宇治に土地を与えられて黄檗山万福寺を創建しました。

それと共に黄檗文化を日本に広め、江戸時代の文化全般に大きな影響を与えました。

隠元が日本に与えた影響

隠元は明朝禅を伝え、日本の禅宗に大きな影響を与えました。黄檗宗は明風の伽羅様式やお経を読む姿、また法要の様式などが特徴的です。中国福建省の出身の為、いんげん豆、スイカ、レンコン、孟宗竹、木魚などを日本に紹介しました。

また、現在でも使われている明朝体の文字も隠元や鉄眼を介して日本に伝わりました。

その他、隠元は隠元茶と呼ばれる煎じ茶を日本に広めたとされています。隠元が広めたお茶は“釜炒り茶”と呼ばれるもので、隠元の弟子により現在でも九州には煎じ茶の製法が残っています。

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