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用語集

一来(いちらい)

仏教において、一度、天界に生れ再び人間界に戻って悟りに入るものを指す用語。四向四果の1つ。

解説

仏教において、一度、天界に生れ再び人間界に戻ってさとりに入る者のことでを一来といいます。原始仏教や部派仏教における修行の階位、四向四果(預流向・預流果・一来向・一来果・不還向・不還果・阿羅漢向・阿羅漢果)の1つとなっています。

原始仏教では、有身見(うしんけん/自分が存在するという思い込みのこと)・戒禁取見(かいごんじゅけん/誤った戒律・禁制への執着)・疑(ぎ/ 教義への疑い)の三結を断ち、
克服すべきものとされる最も根本的な三つの煩悩とされる「貪・瞋・癡」の三毒が薄くなった者を表します。

『倶舎論』では、一来向は欲界の修惑(しゅわく、情的煩悩)の前三品(貪欲・瞋・癡)を断じた者とし、人界の家と天界の家とを往復するから「家家」(けけ)と呼びます。一方で一来果は欲界の前六品を指すを断じた(9つの欲を、6つまで滅ぼすのに成功した段階)位であるとされます。

同名の人物、一来(いちらい)について

歴史を紐解いてみると一来という同名の人物が実在しています。一来は長寛2年生まれで平安時代後期の僧であり、現在の滋賀県大津市園城寺町にある天台寺門宗の総本山「園城寺」浄妙坊の筒井浄妙の弟子であったとされます。

園城寺の本尊は弥勒菩薩であり、日本三不動の一つである黄不動で有名な寺院です。また、近江八景の1つである「三井の晩鐘」でも知られています。

一来は17歳の時、源頼政の挙兵の際に師にしたがい治承44年5月26日に宇治橋で平家軍とたたかって討ち死にしたとされています。

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