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ファウスト・コッピの葬儀 ~自動車競技選手のお葬式~

アンジェロ・ファウスト・コッピは、イタリア語でチャンピオンの中のチャンピオンを意味するカンピオニッシモ(Compionissimo)の称号を与えられた自転車競技選手にして、イタリアスポーツ界の英雄的存在です。
今回は、死後60年が経った今でも偉大な自転車競技選手として尊敬を集める伝説的存在ファウスト・コッピの葬儀に関するお話をご紹介します。

【目次】
1. ファウスト・コッピはどんな人?
2. ファウスト・コッピの死因と没後50年セレモニー
3. ファウスト・コッピの葬儀まとめ

ファウスト・コッピはどんな人?

アンジェロ・ファウスト・コッピ
ファウスト・コッピは1919年9月15日にイタリアを代表するワインの産地ピエモンテ州で生まれました。
農業を生業とする貧しい家に生まれたコッピは精肉店の職を得て、家から20キロメートルも離れた職場に毎日自転車で通うようになりました。日常の中で必要に迫られて自転車を漕いでいたコッピのペタリングは自然と鍛えられ、時には全速力で自転車を走らせる自転車愛好家を通勤中に追い抜くほどの速さを得ていました。

コッピは1490年、19歳の自転車競技選手デビューと同時にジロ・デ・イタリアで総合優勝をさらいました。
ジロ・デ・イタリアはグランツールの一つで、毎年5月に始まり約3週間でイタリアをおおよそ一周するコースを走るロードレースで、毎年設定されるコースの中に多数の山岳が含まれるレースとしても知られています。レースが行われる5月でも山中には、まだ雪の残っている場所も存在しており、レースに参加する選手は山の傾斜だけに限らず寒さや天候とも戦うことを求められます。

1942年にコッピはアワー・レコードに挑戦し、14年ぶりに世界記録を更新しました。その記録は、再び14年の歳月を経るまで破られず記録に残り続けました。しかし、この頃から第二次世界大戦激化の影響を受け、コッピの選手活動は中断せざるをえなくなります。
第二次世界大戦が終結すると、イギリス軍の捕虜になっていたコッピも無事イタリアに帰還することが出来ました。
1946年から自転車競技活動を再開したコッピは、故国イタリアでクラッシックと呼ばれる高い格式を持ったワンデイレースを制覇、この年のジロ・デ・イタリアではステージ3勝を挙げ、翌年のジロ・デ・イタリアで二度目の総合優勝を獲得します。

コッピは1949年にはジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランスの二大ツールで優勝をさらい、史上初となるダブルツールを達成しました。その後、1952年に二度目のダブルツールを達成し、特にツール・ド・フランスでは二位の選手に記録に残る最大タイム差記録をつけ圧勝しています。また故郷イタリアの大会であるジロ・デ・イタリアでは史上二人目となる5回の優勝をあげ、最多優勝者に名を連ねています。

ファウスト・コッピの死因と没後50年セレモニー

アンジェロ・ファウスト・コッピ
ファウスト・コッピは1960年1月2日にアフリカで感染したマラリアが原因で亡くなられました。コッピがアフリカのオートボルタを訪れたのは、ロードレースへの出場と趣味のハンティングを楽しむためでしたが、不幸にも滞在中にマラリアに感染してしまい帰国後に発症。診療ミスもありイタリアのトルトーナにある病院で、40歳という若さでお亡くなりになりました。

コッピの葬儀には五万人が参列し、数キロメートルに及ぶ行列が出来たほどだったと言われており、彼がロードレース界に残した足跡の偉大さ、英雄ぶりがうかがい知れます。

2010年1月2日。コッピの没後50年目の命日に、イタリアでは盛大なセレモニーが行われました。開催場所はコッピの生まれ故郷であるピエモンテ州カステラニア、コッピ博物館が存在するノヴィ・リグレ、コッピが亡くなられた病院があるトルトーナの三か所で、チャンピオンの称号を持つ有名な自転車競技選手や、レースでコッピのアシストを務めた選手たちが集まられました。その他にイタリア国内に限らずフランスやスイスのファンも大勢が国境を越えセレモニーに詰めかけたそうです。

3. ファウスト・コッピの葬儀まとめ

ジロ・デ・イタリアでの総合優勝でデビューを飾り、史上初のダブルツール達成や世界選手権制覇などロードレース界に燦然と輝ける功績を作り、「カンピオニッシモ」の称号も与えられたファウスト・コッピ。その年のジロ・デ・イタリアのコース中で最高標高となる山岳で一位通過をなし遂げた選手に与えられる「チマ・コッピ賞」に名を冠し、各地の峠に活躍を称える記念碑が建てられていることからも、彼の飛び抜けた才能と高い人気が窺えます。
第二次世界大戦の影響で自転車競技自体が行われなかった期間が存在するにも関わらず通算で122勝をあげたコッピの伝説は、これからも語り継がれ自転車競技の世界に限らず残り続けることでしょう。

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